キャリア設計
第1章|1年生から持つべき意識

1年生で何もしていなかったこと自体は致命傷ではない。
だが、考え始めなかったことは、その後の5年間すべてに影響する。
「1年生はまだ何もしなくていい」と思っていないか
高専に入学したばかりの頃、多くの人がこう考える。
- まだ1年生だし
- 専門も始まっていないし
- とりあえず授業についていけばいい
この感覚自体は自然だし、責められるものではない。
中学までとは違う環境、難易度の高い授業、新しい人間関係。まずは慣れることで精一杯になるのは当然だ。
ただし、ここで一つだけ、はっきりさせておきたい事実がある。
1年生の時間は、想像以上に価値が高い。
それは「楽だから」でも「暇だから」でもない。
この時期だけが、将来について考えるための時間と頭の余力を、まだ十分に持てる時期だからだ。
差がつくのは「何をしたか」ではなく「考え始めたかどうか」
1年生の時点で、明確な成果を出している必要はない。
研究も、資格も、インターンも、この段階では必須ではない。
重要なのは、
- 自分は何に興味があるのか
- どんな分野に少し惹かれるのか
- 将来どんな働き方をしたいか
こうした問いを、一度でも自分に投げたかどうかだ。
この問いを持ったまま授業を受ける人と、何も考えずに単位だけを追う人とでは、同じ内容を学んでいても吸収のされ方がまったく違う。
例えば、電気系の基礎科目を学んでいるとしよう。
「将来はインフラ系、電力会社に行きたいかもしれない」と思いながら学ぶ人は、発電や送電の話に自然と引っかかりを持つ。「この計算って、実際の現場ではどう使われるんだろう」と考えながら授業を聞く。
一方で、何も考えずに授業を受けている人は、テストに出るかどうかだけが判断基準になる。同じ公式を覚えても、使い道のイメージがないため、学んだ内容はテストが終われば抜けていく。
これは能力の差ではない。目的意識の有無による差だ。
1年生から動いている人間は、正直かなり強い。だが、だからといって今からでは遅いわけではない。今この瞬間に考え始めた人は、まだ十分に取り返せる。
1年生で身につけるべきは「基礎」と「余力」
1年生で一番大事なのは、派手な実績ではない。
- 数学・物理・基礎科目を疎かにしないこと
- 課題を期限内に出す習慣を身につけること
- 分からないことを分からないままにしないこと
これらは地味だが、後から必ず効いてくる。
基礎が身についていると、専門科目が始まったときに理解が早い。質問の質も変わる。何より「分からないから避ける」「難しそうだから触らない」という選択をしなくて済む。
ここで言う「余力」とは、時間や体力だけの話ではない。
- 新しい話を聞いたときに拒否反応を起こさない
- 分からなくても一度考えてみようと思える
- 忙しい中でも、少し立ち止まって考えられる
こうした思考と行動の余裕のことだ。
この余力がない状態では、目の前の課題をこなすだけで精一杯になり、将来について考えるどころではなくなる。
高専は「能動的な学生」にだけ異常に優しい
高専は、受け身でいれば最低限のことしか起きない環境だ。授業を受け、単位を取り、卒業することはできる。
一方で、
- 先生に相談する
- 先輩に話を聞く
- 興味のある分野に自分から首を突っ込む
こうした行動を取る学生には、驚くほど多くの機会が回ってくる。
研究の手伝い、コンテスト、外部活動、企業や大学とのつながり。これらは「優秀だから」与えられるのではない。声を上げた人間にだけ見える世界だ。
基礎を押さえ、最低限の余力を持った上で能動的に動けば、高専は想像以上に自由度の高い環境になる。
今やるべきは「人生を決めること」ではない
ここでよくある誤解がある。
1年生のうちに、人生の最終目標まで決めなければいけない、という考えだ。
それは違う。
今やるべきなのは、
- 自分はどの方向に進みそうか
- どの選択肢を今のうちに残しておくべきか
を仮でいいから決めることだ。
仮説を立てて、少し動いてみて、違えば修正する。このサイクルを早く回し始めた人ほど、後で大きく迷わなくなる。
「まだ早い」は、思考停止の言い訳になる
「まだ1年生だから」「そのうち考える」。この言葉は便利だが、危険でもある。
考えることを先送りにするほど、考える余裕は確実に減っていく。
2年生になれば実習が増える。3年生では専門科目が本格化する。忙しさは増え、考える時間は確実に削られる。
考える時間が一番あるのが1年生という事実は、意外と見落とされがちだ。
1年の終わりに問うべきたった一つのこと
1年生が終わるとき、テストの点数や順位よりも、次の問いを自分に投げてほしい。
「自分は、この1年で一度でも将来について考えただろうか」
完璧な答えは必要ない。だが、考えたかどうかは重要だ。
この章で伝えたいのは、
1年生で完璧を目指すな。だが、思考停止だけはするな。
それができたかどうかで、この先の選択肢の幅は確実に変わる。
ここから実際に「人生設計」を始めるための補足
ここまで読んで、「考えることが大事なのは分かった。でも何から考えればいいのか分からない」と感じた人もいるはずだ。それはごく普通の反応だし、むしろ真面目に受け取っている証拠でもある。
まず理解してほしいのは、人生設計は最初から完成形を描く作業ではないということだ。多くの人がここでつまずく。「将来の目標を決めろ」と言われると、立派で一貫したストーリーを作らなければいけない気がして、思考が止まる。
だが実際は逆だ。
1年生の段階で必要なのは、
- 正解の将来像
- ブレない最終ゴール
ではない。
必要なのは、雑でもいいから「今の仮説」を言葉にすることだ。
例えば、こんなレベルで十分だ。
- なんとなく技術職の方が向いていそう
- 人と話すより、物を作っている方が楽しい気がする
- インフラ系は安定していそうだが、実際どうなんだろう
- ここには一貫性も、根拠もいらない。大事なのは「考えた形跡」を残すことだ。
この仮説を持った状態で授業を受けると、見える景色が変わる。
「あ、この内容は将来使うかもしれない」 「これは今の仮説とは違う方向だな」
こうした引っかかりが、次の判断材料になる。
人生設計は「頭の中」ではなく「外に出す」
もう一つ重要な点がある。
人生設計を、頭の中だけで完結させようとしないことだ。
考えは、言葉にした瞬間に初めて形になる。ノートでも、スマホのメモでも、何でもいいから書き出してみてほしい。
- 今気になっている分野
- 面白そうだと思った授業
- 逆に、強い違和感を覚えた内容
これらを断片的に並べるだけでもいい。整理する必要はない。
可能であれば、それを誰かに話してみる。友人、先輩、先生、家族。相手は誰でもいい。
最近であれば、AIを使って壁打ちするのも一つの手だ。自分の考えを文章にして投げるだけでも、思考の粗さや前提の抜けに気づける。
ただし、AIに答えを決めてもらう必要はない。あくまで整理の補助として使い、最後に決めるのは自分だ。
他人やAIに説明しようとした瞬間、自分がどこを分かっていないのか、どこが曖昧なのかが浮き彫りになる。
「決める」とは、固定することではない
ここで一つ、誤解を解いておきたい。
この記事で言っている「決める」とは、将来を固定することではない。
今の自分は、こう考えていると、一度区切りをつけることだ。
決めた後に変えるのは、逃げでもブレでもない。むしろ健全だ。仮説が間違っていたと気づけたなら、それは前進している証拠でもある。
問題なのは、決めないこと。判断を先送りにして、環境や流れに選ばされることだ。
1年生の終わりまでに、次の3つだけはやってほしい。
- 自分なりの「仮の方向性」を言葉にする
- それを誰か一人(友人・先輩・先生・AIでもいい)に説明してみる
- 次の学年で何を確かめるかを一つ決める
完璧である必要はない。むしろ未完成でいい。ここで大事なのは、考えた痕跡を残すことだ。
この章で一貫して伝えたかったのは、
考え始めたかどうかが、すべての分岐点になるということだ。
この先の章では、2〜3年生になると、なぜこの「考える余裕」が一気に削られていくのか、そしてその中でどう判断していくべきかを、さらに具体的に書いていく。




